『翔ぶ少女』原田マハ(ポプラ社)
愛する人を想うと、背中から羽が生える。
「飛んでいきそうな気分」というような可愛いものではなくて、背中に感じる違和感が、そのうち野球ボールくらいの大きなイボになり、激痛に転げ回った末に、赤く濡れそぼった、頼りげない羽が生えてくる。恐ろしく、奇妙で、でも、わかる感覚だ。
主人公の丹華(ニケ)は、3人兄妹の真ん中。両親はパン屋を営む。
実家はパン屋の二階。物語の始まり。丹華は、一階から漂ってくるパンの匂いと、両親とお客さんのおしゃべりを遠くに聞きながら、まだ布団から出られずにいた。まぶたに落ちる霞んだ朝の光は、きっと丹華の一生のうち、一番優しく、やけに静かなものだっただろう。
一瞬にして、その小春日和のようなふんわりとした幸せは、瓦礫の下に埋まった。両親も一緒に。
そんな受け入れられない一日が来ても、また朝は来て、生きている限り、日常は続く。
これは、丹華たち兄妹と、育ての親となるゼロ先生が、ごく普通で、たった一つの“家族”になる物語。
愛する人を想う。
それは、とても強い気持ちだ。大きくて暖かくて、狭苦しくって、ズキズキ、痛い。でも必ず、過ぎ去った後にはその痛みえも愛おしくなる。
愛する人を想うと、背中から羽が生える。それは普通ではありえない感覚だけれど、確かに共感を抱く。丹華は、誰しもの中に住んでいる。
これはファンタジーではなく、限りなく、ノンフィクションに近い小説だ。
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