鮭の腹からこぼれ出る、いくら。

スーパーに筋子(いくらにほぐす前の状態)が出てたので、醤油漬けにしながら、山形に行った時のことを思い出した。ちょうど記事にしていたのがこちら

読み返すと恥ずかしい学生の時の文章だけれども、忘れられない思い出の一つ。中でも、民宿のおじいちゃんに連れられて、早朝に見学した鮭漁が忘れられない。おじいちゃんたちの組合のルールに、静かに衝撃を受けたのだった。


・鮭組合のおじいちゃん=仮に6人とする

・漁を行う川の岸辺には、それぞれ1~6までの数字が書かれた6箱の木箱が並べられている

・その日はまだシーズン初めで、鮭は4尾しか獲れなかった

→獲れた4尾は、6箱ある木箱のうち4つの木箱に入れられる

→漁が終わると、おじいちゃんたちはくじを引く

→引いたくじには1~6までの数字が書いてある

→シャケが入った木箱と同じ数字を引いた人が鮭を持って帰る


しかもこのルールには、絶対の最優先ルールがある。そもそもくじを引く前に、「どうしても“今日”鮭が必要な人は申し出よ」というもの。私が行った時には、お世話になった民宿のおじいちゃんが「お客さんがいるから」ということでくじを引かずに1尾もらった。他にももう一人「娘息子が帰ってくるから食べさせたい」という理由で先にもらったおじいちゃんがいた。ということで、残りの2尾だけがくじの対象となる。


もちろん、文句をいうおじいちゃんは一人もいない。今日もらえなくても、シーズン真っ只中になれば幾ら(いくら)でももらえるから、今日必要な人がいるのであれば、自分よりその人を優先する。至極単純なルール。単純だけれど、単純が故に、「もっと欲しい」「自分が欲しい」というのが当たり前の考え方だと思っていた二十歳そこそこの自分には、衝撃的だった。

肌をさす寒さと、鮭の腹からこぼれ出るいくらの輝きとともに、忘れられない思い出。

日照雨

諸岡若葉の、ものごとの記録と表現。

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