特等席が一番とは限らない、ということがわかるほどには、大人になったのだろうか。

一つ前の、休日。たまに行く海辺のカレー屋さんに、一人で入った時のこと。

昼も過ぎた時間だったが、お店は賑わっていて、空いていれば選ぶ海側の窓際の席は、赤ちゃん連れの夫婦と中高年の夫婦で、すでに埋まっていた。海とは反対側の奥の席に、海側を向いて座ることにする。

せっかく海の方に来たのだ。海側の席がよかったなあ、と最初こそ思ったのだけれど、すぐにその考えは消えていった。カレーを待つ間、何とは無しに、海側の席に向かい合って座る中高年の夫婦を見ていて、それがすごく美しかったのだ。

その夫婦も、私より少しだけ前に店に入ったところらしい。まだテーブルの上にはお水の入ったデカンタと、それぞれにグラスとおしぼりだけ。向かい合った夫婦は、店内にある雑誌をそれぞれ読みふけっている。私より先にカレーが来て、それがテーブルに置かれる間だけは顔をあげた、夫婦。しかし食べ始めると、白髪混じりの男性は再び片手に雑誌を眺めながらせっせとスプーンを口に運ぶ。一方、肩までのくせ毛の髪をしっかり耳にかけた猫背の女性は、海をぼんやり眺めながら、ゆっくりとカレーを食べている。

逆光で、影のように見える夫婦。その奥には白くひかる海。デカンタの水も光を反射させて、店内に海面のような模様を作っている。

ただそれだけの風景が、とても綺麗だった。

少しして私のカレーも運ばれて来る。賑わう店内、隣の席ではおそらく高校生がデート中。彼のほうがタコライスを頼んでいて、タコライスも気になっていた私はカレーを食べながら盗み見る。「タコライスにお好みでかけてください」の辛いソースを、彼が彼女のカレーにかけていたずら顔をみせ、彼女は怒ってみせる。そんな二人を可愛く思うくらい、それなりに年を重ねてきた自分には、辛めのカレーがちょうどいい。なんならソース、貸してくれないかな。


海側の窓際の席は、海を見るには特等席であることに間違いない。けれど、窓際に座る夫婦の長年積み重ねてきた夫婦の時間が作る静かな風景や、お隣の高校生の甘酸っぱい時間は、窓際に座っていたら見ることができなかった。特等席が必ずしも一番いい席、とは限らないのだ。


そんなことを確認して、お客さんが減り店内が空いてきた頃、食後のアイスチャイを頼んで窓際の空いた席に移動させてもらった。遠くの海が少し近くなって、それはそれでやっぱり、美しいのだった。

0コメント

  • 1000 / 1000